僕の恋人はとても背が高く、温厚で、陽気で、かなり可愛い。
 彼は朝が好き。朝焼けを見るのが好きなんだ。でも、僕は夜が好き。夜空に浮かぶ星々を眺めるのが好きなんだ。
 そんな彼が、僕と一緒に星が見たい、と言ったときには、とても驚いた。





ほしぞらよりもたいせつなもの





「ソラぁ〜」
 週に三日の僕のバイトが終わる、午後十時。従業員用の通用口を出ると、駐車場の入り口で手を振る影を見つけた。
「ブラウン、待っててくれたんだ?」
「うん。だって、はやくソラに会いたかったから!」
 笑顔で可愛らしいことを言う彼は、実は僕よりも少し年上。でも、普段の彼の行動からは、全然そうは見えない。彼はいつまでも童心を忘れないというか……子供っぽいところがあるんだ。
「僕もブラウンに会いたかったよ」
 にっこりと笑いながら言えば、彼はぱたぱたと耳を揺らして、僕の横に並んだ。彼が耳を動かすのは、嬉しいときとか喜んだとき。きっと喜んでるんだろうな、と思うと、僕は嬉しくなった。
「ソラ、星はドコでみる?」
「うーん、そうだな。ちょっと遠いけど、隣町の丘にしようか」
「じゃあ、はやくいこっ」
 彼は僕の手を引いて、ぴょんぴょんと跳ねた。僕は普段から、星を見に行くことを楽しいと思っていた。だけど今日は彼が一緒にいるから、楽しさと嬉しさが相俟って、僕は幸せだった。
「あっ、ちょっと待って。家まで望遠鏡を取りに行かなくちゃ」
「うん。わかった〜」
 彼はコクりと頷いて、先を行く僕の後をついてきた。



 僕達は一旦家まで戻った後、望遠鏡を担いで隣町の丘まで行った。街の灯りも遠く、他よりも高い丘だから、星がよく見えた。
 一面に広がる草原には、僕達以外の人間はいなかった。広い丘は、完全に貸し切り状態。とは言っても深夜だから、それは当たり前だけど。
「うわぁ! ソラ、スゴいね、星がいっぱい!」
「そうだね」
 満天の星空を見上げ、彼はくるくると回った。そして暫くしないうちに、仰向けのまま、バタリと地面に倒れこんだ。その拍子に帽子が飛んで、普段は見えない彼の瞳が顕になった。
「ぶ、ブラウン!?」
 慌てて駆け寄りしゃがみ込むと、彼はゆっくりと身体を起こし、僕の服の袖を掴んだ。
「……ねむくなっちゃった」
「……もう、困ったなぁ。ブラウンが夜が苦手なのは知ってるけど、まだ来たばかりだよ?」
「……ゴメン」
 しゅん、と悲しそうに耳を下げる彼の頭を、僕は優しく撫でた。
「もう帰る?」
 そう訊くと、彼はふるふると首を横に振った。
「やだ、もすこしだけ、ココにいたい……」
「どうして? 何かあったの?」
 普段とはどこかが違う彼の様子に、少し不安になった。けど、彼は首を横に振るだけ。その様子に、僕は少しムッとした。
「……何、僕には言えないこと?」
「ち、ちがうよ……っ!」
「じゃあ何?」
 怯えさせるつもりはなかったけど、彼の態度に少し腹が立っていた僕は、思わず声を強くして訊いてしまった。
「……ボク、もっとソラといっしょにいたいの」
 思ってもみなかった彼の答えに、思わず僕は目を丸くした。
「ソラは朝から学校。学校がはやくおわるとき、夕方はバイト。夜は星をみにいくでしょ」
「うん」
「ボクは朝、はやいから、夜になるとすぐにねむっちゃう……」
 そこで彼は、一旦言葉を切った。しゅん、と垂れた耳が、彼の寂しさや悲しさを物語っていた。
「ソラといっしょにいたくても、いれないの……」
「ブラウン……」
 確かにそうだった。僕は一応は大学生の身であるから、朝昼は大学で過ごす。朝昼、と言っても、講義などが昼から始まる日の前日は深夜を過ぎても星を見ているから、僕は昼近くまで寝ている。
 彼と会える時間は、限られた時間だけだった。僕のバイトがない日の夕方から、彼が眠くなるまでの、ほんの数時間。
「ブラウン、ごめんね。僕、君のことを考えてあげられなかった……」
「ちがうよ、ソラは悪くない。ボクがさびしがりなだけだから」
 そう言って彼は笑った。けど、笑い方がとても辛そうだった。いや、上手く笑えていなかった、と言うべきか。
 僕は、彼の背に手を回して、背中を撫でるように抱き締めた。
「ブラウン……無理しないで。今まで会えなかった分だけ我儘きいてあげるから」
「ほんとう?」
「うん、本当」
 額と額を合わせてにっこりと笑うと、彼はもじもじとしながら、呟いた。
「ソラ……あの、その……」
「うん」
「あのね、ボクね……」
「うん」
「……ソラと、また星をみにきたいの」
 薄らと頬を染め、俯きながら彼は言った。彼らしい可愛らしい我儘に、僕は笑みを零した。
「うん。また一緒に来よう。……我儘は、これでおしまいでいいの?」
「えっ、うん。ボクはこれだけでじゅうぶんだよ」
 照れたような、はにかんだ笑顔。嬉しそう。でも、僕は彼よりもずっと我儘だから、もっと彼を喜ばせたかった。
「今度一緒に、山に行こうか。もっと綺麗な星を見よう」
「うん」
「その次には海に行こう。海に映る星空を見るんだ」
「うん」
「……そしたら、一緒に暮らそう」
 途端に、彼は顔を真っ赤に染めた。
「どうかな?」
 首を傾げて顔を覗き込むと、彼は満面の笑みを浮かべて僕に飛びついた。
「うんっ! ソラ、だいすきっ!」
 星空を見るのもいいけれど、それよりも、彼の笑顔を見てる方がずっと、幸せな気がした。


告白。同棲。ソラの男気。

2006/08/14