狂葬





 俺の可愛い弟が、弟の魅力の虜になった男に、犯され、殺された。
 許せなかったが、あれは可哀相な男だった。弟には既に俺という男がいたというのに、知らず、弟を愛したのだから。
 弟は俺を愛していた。俺も勿論、弟を愛していた。兄弟として、だけではなかった。互いに求め合った。背徳的だが甘い時間に、俺たちは酔い痴れた。
 それを、あの男は壊したのだ。



 あの日、弟と俺は、久々に一緒に出かけたのだ。そして出かけた先で、弟は知り合いに出会った。天体望遠鏡を担いだ、ヌケてそうな大学生。
 彼との話を終えてから、弟は笑顔で言ったのだ。大切な友人のライブがあるから、と。そして俺の手から離れていった。
 ――どうしてあのとき、無理にでも止めなかったのだろう。
 小走りで急ぐ弟の後を、俺は早足で追いかけた。そして辿り着いたのは、まあまあ綺麗な作りをしたライブハウス。
 入り口ではなく裏口へと回り、奥へ進むと、掲げられた“STAFF ONLY”の看板。弟はすんなりと入っていったようだが、俺はスタッフに引き止められた。どうやら弟は顔パスらしい。
 どうしても入れないのかと問いただしても、今入っていったのが俺の弟だと言っても、返ってくる答えは全てNO。
 暫く問答を続けたが、このままでは埒が開かないと、俺は仕方なく引き返した。表から入ろうと思ったのだが、裏口から離れようとすれば、パトカーのサイレンの音が聞こえた。
 どこかで何かあったのかとぼんやりと思っていると、警官が走り寄ってきた。まさか、今の出来事が切っかけで捕まってしまうのかと、有り得る訳がないと解っているにも関わらず、思わず息をのんだ。
 しかし警官は俺の横を素通りし、裏口から店内へと入っていった。裏口前にいたスタッフも、気になったのだろうか、店内へと戻っていった。
 まさか、中で何かあったのか。警官が入っていったということは、事件だろうか。中には俺の可愛い弟がいる。もしも弟に何かあったら……。
 俺は周囲を確認し、誰もいないことを確認すると、扉を開き、中を覗いた。そこには長い通路と、部屋が四つ。中に入り、数歩進むと、奥の部屋から叫び声が聞こえた。
 何かあったのか。何があるのか。
 聞こえた音は、生々しかった。叫び声、泣き声混じりの悲鳴、そして、西瓜を高い場所から落としたときのような、水音混じりの打撲音。
 動けなかった。部屋の中で行われているであろう凶事に、ドアノブに手をかけたまま、足が竦んで動けなかった。
 その音が止んだとき、漸く俺は薄く扉を開き、中を覗いた。
 先ず鼻先についたのは血臭。そして視界に広がるのは、血に塗れた警官と、スタッフと、俺に背を向けて佇む、血に塗れた男。それから――白濁に塗れ、目を開いたまま動かない弟。
 俺は冷めた思考で部屋に足を踏み入れ、傍で死んでいた警官の持っていた銃を拾い上げた。そこからの俺には迷いなどなかった。
 銃の使い方など、クロールより簡単だ。ただ、狙いを定めて、引き金を引くだけ。
 男は、俺に気づかなかった。背を撃ち抜くと、男はその場に崩れ落ちた。
 だが男はしぶとく、這ったまま、弟に近づいた。黒い服を身に纏った男は、正にゴキブリ並みの生命力だった。
 ――そんな汚い手で、弟に触れるな!
 俺は男の前まで向かうと、赤黒い血に塗れた汚らしい手を、思い切り踏みつけた。
「……よくも、よくも俺の可愛い弟を、殺してくれたな」
 男の前に屈むと、俺は眉間へと銃口を突きつけた。途端、死への恐怖に表情を歪めた男が滑稽で、俺は笑った。
 二度目に引く引き金は、一度目よりも軽かった。
 男が息絶えた後、俺は弟の身なりを整え、包み込むように優しく抱き上げ、その場を後にした。
 最後の口づけは、とても冷たかった。


背徳の末に訪れた結末。

2006/06/15