Dangerous Narcotics





 俺は彼に、踊らされている。彼の手の上で、永遠に。

「……ねぇ、Dは僕のこと、美しいと思う?」
 ソファーに腰かける俺の脚に向かい合うように跨り、ナルヒコは訊いた。色白な彼は、しかし体温が低い訳でなく、布越しに触れる太股からは熱いくらいに熱が伝わっていた。
 いや、寧ろコレは、俺の熱かもしれない。
「あぁ」
「そう、やっぱり、そうでしょ。僕は誰よりも綺麗だから」
「あぁ、誰もお前には、敵わない」
 彼は嬉しそうに、無垢で幼い笑みを浮かべた。そして俺の肩に手を回し、首を傾げた。
「ふふ、そうでしょ。ねぇD、僕のこと、好き?」
「好きだ」
「それじゃあ、愛してる?」
「あぁ。誰よりも愛してる」
 彼は俺の言葉に満足したように、縋るように首に腕を絡めると、俺の首筋に口づけをした。
「Dは僕を愛してくれるんだね?」
「あぁ」
 俺の答えを聞くと、彼は右手を俺の股間へと伸ばした。少し撫でると顔を上げ、先とは打って変わって妖艶な笑みを浮かべた。
「……D、感じてるの? これくらいで勃たせちゃって、イケナイ子」
 彼に触れられたときには、俺はこれから彼に快楽を与えてやれることへの悦楽に溺れ、既に勃たせてしまっていた。
 我慢出来ずに彼へと手を伸ばすと、彼は俺の耳元で呟いた。
「待て」
 ぴくりと、俺は動きを止めた。彼は俺を支配している。俺は彼の命令には、逆らえない。
 しまった、と息をのみ、思わず手を引っ込めると、彼はクスクスと笑った。
「ダメだよ、エッチなDには、おあずけ」
 俺の股間を弄る手はそのままに、彼は再び俺の首元に顔を埋め、強く吸った。自分につけられることは嫌うのに、彼は俺の身体にばかり所有痕を残す。
 その理由は単純だが、俺にとっては苦しい痛みだった。
「……ナルヒコ、我慢出来そうにない」
 彼が求めているものが俺ではないことくらい、知っていた。彼が求めているものは悦楽。自分より美しく生まれてくることへの嫉妬で女を抱くことが出来なくなった彼が、欲を発散させるための行為。
 俺でなくとも出来る、単純な行為。
 だが今は、俺が彼へと快楽を与えてやれる。今は俺が、選ばれているのだ。
「ふふ。僕、君のそういう素直なところが好き」
 彼の言う『好き』とは、明らかに恋人へと告げるそれとは違った。動物、特に彼の場合は愛玩動物に対しての『好き』。
 彼にとって俺は所有物であるから、飼い犬や猫のようなペットであるから、それが当てはまるのだ。
「……でも、まだダメ」
 耳を食むように囁かれると、背筋にぞわぞわと奔るものを感じた。途端、大きく膨れ上がる劣情。
 彼はそんな俺を見て楽しんでいるようで、一度身体を離すと、俺の脚を跨いだまま、服を脱ぎ始めた。ゆっくりと、焦らすように。
 彼は身に纏っていたすべてを脱ぎ捨てると、何をするでもなく投げられたままの俺の右腕を引いた。そして自分の手を重ねると、僅かながら反応を見せていた彼自身へと触れさせた。
「……っ」
「ふふ。D、どうしたい?」
 笑みながら見上げてくる彼は、既に小悪魔を通り越して、悪魔のようだ。
「……だ、抱かせて、ください……」
 彼のストリップで、俺の欲望は既にはち切れんばかりに膨れ上がっていた。更に彼自身へと触れさせられ、彼に撫でられ、服の上から見ても明らかに解るくらいに張り詰めてしまっていた。その状態で声を出したものだから、興奮のあまり、上擦ってしまった。
「D、イイ子だね。よく出来ました」
 彼はまるで飼い犬を誉めるように俺の頭を撫で、唇に口づけをくれた。
「……D、気持ちよくしてね?」
 許しを得た俺は、息も荒く身体を反転させ、彼の身体をソファーに沈め、その脚の間に身体を滑り込ませた。そして舌を這わせるのは、存在を主張し始めた、彼自身。まるで本物の犬のように、俺はそれに舌を這わせ、銜え込んだ。
「ん……はぁ……イイ子」
 自分の脚の間に顔を埋めて奉仕する俺の頭を撫でながら、彼は微笑んだ。そして、次第に質量を増していく彼自身。彼が俺の口で感じてくれていることに、俺は喜びを隠せなかった。漏れる彼の喘ぎに、俺は限界を感じていた。
 早く、彼の中に入りたい。
 俺は彼自身から口を離すと、自分の指を口に入れ、彼の先走りの液と自分の唾液とを絡ませた。そして普段は包み隠された彼の蕾へと指を伸ばし、ゆっくりと沈めた。
「はぁん……」
 柔らかい。有り得ないくらいに彼のそこは柔らかく、簡単に俺の指を飲み込んでいった。奥へ、奥へと進ませ、指で彼を犯した。しかし、それだけでは足りなかった。
「……入れて、いいか?」
 もう我慢が出来ないんだ、と見上げれば、彼はニコリと微笑んだ。
「可愛い子。……いいよ、D、きて」
「……っ」
 俺は衣服を寛げると、熱く、硬く、猛った自身を顕にした。彼に欲情し、大きく膨れ上がった欲望の塊は、既に先走りの液で濡れていた。
 慣らしきれていないとは思ったが、このままでは俺が死んでしまうのではないかと思った。
 ――彼の腹の上でなら、死んでもいいけど。
「いくよ、ナルヒコ……っ」
「んっ……」
 彼の片脚を担ぎ上げて肩に乗せ、先端を入り口へとねじ込むと、彼は眉をひそめた。それもそうだろう。まだ彼の淫乱な口は、慣らしきれていなかった。しかし俺には既に余裕もなく、構うことなく押し込めば、彼は痛みにではなく、快感に声を上げた。
「あぁん……イイよ、Dの、大きい……っ」
 恍惚な笑みを浮かべる彼に、更に俺は興奮した。もっと、もっと彼を乱れさせたい。もっと彼に、俺を焼きつけたい。
「……ナルヒコは、大きいのが好き?」
「んっ……あはぁ……大きいのが、いい……」
「……淫乱だな、ナルヒコは。きっと、酷くされるのも好きだろ」
 先端をきゅうきゅう締めつける彼に顔を近づけ、囁くと、ふるふると彼は首を振った。彼の動作の一つ一つが、俺を追い詰めていった。
「あん、そんなぁ、違う……」
「嘘、だって俺のが痛くないんだろ?」
 自慢ではないが、俺のは一般の成人男性の軽く倍はある、らしい。そんなモノをぶち込まれて、痛みどころか逆に快感を得ている彼は、どういう身体の造りをしているのか。
 散々焦らされたお返し、と言うべきか。俺は未だに先端しか入り切らないまま一度動きを止め、力任せに最奥へと突き上げた。途端、俺は達し、彼の中に欲望をぶちまけた。あまり慣らさずに挿入したから入り口は裂けたかもしれないが、これなら痛い筈だ。
「あぁっ!! あ、あっ……ひっ……! そんなにしたら……イッちゃう……っ!」
 これには正直、驚いた。彼はナルシズムと、マゾヒシズムを同時に宿していたというのか。しかし、それならそれで、面白いことになる。
 より深くなった結合から、彼の熱が伝わってきた。普段の彼からは想像もつかないような外側の乱れようと、溶けそうなくらいに熱い内側。俺は一度達したというのに、彼の乱れようを目の当たりにし、熱を感じることでまた興奮し、むくりと膨れ上がった。
「……ダメだ。さっきは散々俺を焦らしただろ」
 俺は蜜の滴る彼自身を、何故か傍に落ちていた、ビニール紐で縛り上げた。
「あっ、あっ、あぁ……っ! やだぁ、はぁん……外してぇっ……」
 嫌だ、外してと言う割に、彼の声は嬉しそうに聞こえた。そして外そうと伸ばされた手を、するりと抜いた俺のベルトで固定した。
「ナルヒコは淫乱なうえにマゾなんだ?」
「あんっ……そんなことない……」
「どうだか」
 俺は彼の先端に、抉るように爪を立て、そしてグリグリと押し広げた。やっている俺でも痛そうに思えたのだから、やられている本人の痛みは、相当なものであろう。
「ひっ!! ひぃっ、うぁ……痛い……っ!」
 しかし、と言うか矢張り彼は、言っていることと態度が違った。口では痛いと言っているのに、下の口はぎゅうぎゅうと俺を締めつけた。表情は恍惚に染まり、欲望は萎えることなくそそり立っていた。
 面白い。彼が俺に、俺の与える至上の快楽に、ただひたすらに溺れているのが解った。先まで俺が彼に遊ばれていたというのに、今は俺が彼を弄んでいた。しかし彼はそんなことは気にしていないふうで、ひたすら快楽を貪っていた。
「痛い? こんなに勃ってるのに?」
「ぅ……や、はぁ……っ」
 内側から溢れる熱で膨れ上がった欲望は、解放を求めて張り詰めていた。しかし俺はそれを解放してやることなく、白く細い肢体を掻き抱き、折れそうなほど細い両脚を担ぎ上げ、腰を打ちつけた。
 ずぷずぷと粘着質な音を立て、俺はひたすらに彼の中を犯した。
「あっ、あぁっ……!」
「イかせて欲しい?」
 彼が辛そうな表情をしているので、流石に俺の良心が痛んだ。訊くと、彼は首を縦に振った。
「うん、うんっ……イキたい……」
「……だったら」
 俺は、普段であれば彼に突っぱねられる願いを、告げた。
「俺を、愛していると言ってくれ」
 彼は、彼は絶対に告げるだろう。俺が何よりも求む、至上の答えを。誰よりも快楽に弱く、脆い身体を持つ彼は。
「……愛してる、よ。D……」
 とろんとした、快楽に溺れきった眼差しで俺を見上げる彼には、理性など既に残ってはいなかった筈だ。だから、こんなにも簡単に言ってくれたのだ。
 彼は自分しか愛せない。他の人間は、すべて彼を引き立たせるための存在。そんな彼を愛してしまった俺は、彼に快楽を与えるだけの存在。身体だけの、関係。
 それでも、よかった。
「解った。イかせてやるよ」
 俺は彼を戒めていた紐を解くと、先よりも激しい律動を開始した。
「ふぁ、凄い……っ!」
 先の言葉が本心でないことなど解ってはいたが、彼に『愛してる』と言われ、俺は益々膨張していた。こうやって彼の身体を貪ることが出来るのなら、俺は彼に利用され続けても構わない。
「……ナルヒコ、お前をよくしてやれるのは、俺だけだ」
 前に乗り出し、耳元で囁くように呟くと、彼は戒められたままの腕で、俺の胸を叩いた。何かと思って顔を見ると、唇で弧を描いた。
「……んっ、……君だって、僕にしか……勃たないでしょ?」
 その表情は、まるですべてを見透かしたような、余裕のある表情だった。
 俺が最奥を突き上げると彼は果て、少し遅れて俺も果てた。
 矢張り俺は、どんなに優位に立とうと、彼の手の上で踊らされているに過ぎなかった。


これはひどい女王様と下僕。
Dangerous Narcotics→直訳:危険な麻薬

2006/06/15