差し出した手を受け止めて





 俺の嫌いな、冬がやってきた。
 潮風が突き刺さるくらいに冷たくなるから海にも行けないし、ましてや海の水が凍りつくんじゃないかってくらいに冷たくてサーフィンも出来やしない。何より、俺は寒いのが大嫌いなんだ。
「タロちゃん、何か今日寒いね」
 大嫌いな寒空の下、大好きなつよしと一緒に帰る通学路。二重人格のフリ、が得意なコイツは、実は演技なんかじゃなくて、本当に二重人格。
 と、いうかもっと複雑。一つの身体に二つの魂が住んでるっていう、不思議な特異体質。口が悪くて生意気な兄と、天然で明るい世間知らずな弟。その二人が、一つの身体に共存していた。
 ちなみに今は弟、王子の方。兄の方は俺のことが気に食わないらしくて、あまり会話しないんだけど。
(弟を取られたとか思ってんのかな)
「あー、そーだなぁ」
 ついつい考えごとをしていて生返事。今日からそれぞれが土俵の違う大手メーカー勤務の親が二人とも出張で、家には誰もいない。そーいやメシ、どうしようかな。
「タロちゃん、寒がりだもんね」
「あー、そーだなぁ」
 メシ、本当にどうしよう。インスタントじゃ味気ないし、栄養もしっかり採らないといけないよな。俺、今育ち盛りだし。よし、そうとなったら自炊するか!
 ……と、言った割に俺、実は料理が苦手なんだよな……。目玉焼きくらいしか作れないし。
「タロちゃん、ねぇ、僕の話、聞いてる?」
「あー、そーだなぁ」
「……タロちゃんのバカっ!」
「いでっ!」
 しまった……さっきから生返事ばかりだったから、王子の機嫌を損ねさせちまったっぽい……。辞書の入った重たい鞄で、思いっ切り後頭部を殴られた。下手したら昇天するってコレ!
 頭の中がぐわんぐわんと回転してる……と、気持ち悪くて俺は思わずしゃがみ込んだ。すると、王子は自分が殴ったくせに、頭を抱えて蹲った俺を、心配そうに覗き込んだ。
「タロちゃん! 大丈夫!? どうしよう、僕、思わず……本当にごめんなさい……」
「……いや、大丈夫、なんとか」
 コイツ、天然でSなんじゃないのか!? ……尚更タチ悪いな。
 後頭部が疼く頭を押さえつつ立ち上がり、俺は王子を抱き締めた。
「タロちゃん?」
「いや、ごめんな。お前の話まともに聞かなくて」
 ぽんぽんとあやすように背中を叩くと、王子はほんのりと頬を染めて、俺の胸を叩いた。腕の力を緩めると、するりと俺の腕から出ていった。
「……別にいーよ」
 大して怒ってなさそうなのは、やっぱり俺が愛されてる証拠、ってヤツ?
「なぁ王子。寒いから、手、繋いでいい?」
「いいよ。タロちゃん寒がりだもんね」
 可愛らしい笑みと共に差し出される手。その手を取ると、指先がひんやりと冷たかった。包み込むように握ってやると、きゅっと握り返してきた。あーもう、本当に可愛い。
「暑いぶんには構わないんだけどな」
「タロちゃん夏男だもんね」
「そうそう。夏の海が俺を呼ん」
 ぐぅぅぅ〜
 呼んでるぜっ! と右腕でポーズをとろうとしたときに腹の虫が鳴いた。タイミング悪いよ〜と肩を落とすと、王子はくすくすと笑った。
「お腹空いたし、早く家に帰ろっか」
「……家帰ってもメシ、ないんだけどな」
 そう言って溜息をつくと、王子は少し考えた後に言った。
「また二人とも出張なの? じゃあ、僕が作ってあげる」
 その微笑みは、まるで天使の微笑みだ。ていうか実際に天使の微笑みを見た人間なんていないだろうけど。でも一つ言えることがある。どんな天使の笑みよりも、王子の微笑みの方が愛らしい、ってことだ。
 思わず、ぎゅっと抱き締めて、額に頬に唇に、キスの雨を降らせてやりたかった。でも外ですると怒るから……家まで我慢しよう。
 ……アレ? ていうかコイツ、料理出来たっけ?
「サンキュ、王子」
 とりあえず簡単にお礼を言って、可愛い可愛い恋人の手を、ぎゅっと、しかし優しく握り締めた。
 簡単な理由で繋がっていられる、そんな冬も悪くないかな、と思った。


甘い。

2006/03/06