あたりまえのこと





 ナルヒコは我儘だ。
 急に、ナルヒコが俺の家に押しかけてきた。何の用かと思えば、泊まらせろ、と。いつものことだから、軽く承諾した。
 バイトがない日だったから、俺はのんびりとテレビを見ていたのだけど。ナルヒコはテーブルに置いてあったテレビのリモコンを手に取ると、さも当然のように番組を変えた。俺が見ていたのは、最近始まったばかりの大河ドラマ。ナルヒコがかけたのは、随分昔からやっている動物番組。
 一応、ビデオに録画していたから文句は言わない。録画して後から見返さないと、話の内容はともかく、人物名や相関図なんか理解できない。高校時代、日本史は赤点ギリギリだった。
 きっと欲しがるだろうと思って、冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ごうとして、慌ててキャップを戻した。ナルヒコは気温の高い日と風呂上がり以外は、常温のミネラルウォーターしか口にしないんだった。
 その間にナルヒコは、いつも安物だと文句を言う、ソファの真ん中へと陣取った。丁度その真正面に、これまた安物の、二十型のテレビがあるからだ。平面ブラウン管でも、ましてや液晶なんかでもない。知り合いから譲ってもらった、二十年近く前のテレビ。四隅が少しぼやけているが、見れないことはないので今だに現役だ。
 ナルヒコの前のテーブルに、グラスを置いた。するとナルヒコは、グラスを持ち上げ、一口飲んだ。
「……あぁ、可愛いなぁ」
 テレビ画面に映る犬の映像を眺めながら、ナルヒコが呟いた。
「そうだな」
 返事をしないと怒ることがあるから、一応返事をしておいた。たまに機嫌が悪いときなど、返事をしても怒られるときもあったりするけど。
 ナルヒコがそのままテレビに見入ってしまったから、俺は新しいバスタオルとナルヒコが泊まるときのために仕舞っておいたバスローブをクローゼットから探し出し、脱衣所に用意した。それからベッドの上のシーツを新しいのに替え、かけ布団を敷き直した。
 リビングに戻れば、CMにでも入ったのか、ナルヒコは番組をチャカチャカと回していた。他の番組など毛頭見る気はないだろうに、そんなにCMが嫌いなのだろうか。そんなことを思いながら、冷蔵庫から自分の分のミネラルウォーターを取出し、グラスに注いだ。
 ナルヒコが飲むのは値段の高い硬水。俺が飲むのは、スーパーで安売りしてる軟水。硬水の方がミネラル分が多くて、美容にいいのだとかなんとか。前に一度、一口だけ貰ったことがあるが、あんな苦塩っぱいもの、正直、飲めたもんじゃない。
 ナルヒコの隣に腰かけ、読みかけの雑誌を手に取った。そしてパラパラと捲るが、視線が雑誌でも意識はナルヒコに向かっているから、内容は頭に入ってこなかった。
 それから暫くして、ナルヒコが立ち上がったことで、番組が終わったことを知った。この後のバラエティには正直興味がなく、先に録画した大河ドラマでも見ようと、ビデオのリモコンを手に取ったときに、後ろからナルヒコの声がした。
「D、お風呂借りるよ」
「解った。タオルとか用意してあるから」
 そう答えると、知ってるよ、と声が聞こえた。ナルヒコにはもう、俺が準備しておくことが当たり前らしい。俺ももう慣れたし、別段嫌という訳でもないし、気にしないけれど。
 ビデオを巻き戻し、再生する。先週の最後はどうだったかを思い出しながら、話に集中する。
 巻き戻しと再生を繰り返しながら、内容を理解していく。戦国の世というものは難しいもんだな、と思いつつ、グラスを傾ける。
 話が終盤に差しかかった頃、ナルヒコが風呂から上がったのか、冷蔵庫を開ける音がした。
「D、ちゃんと話、理解出来てる?」
「……それなりには」
「ふぅん」
 言いながら、ナルヒコは俺の隣に座った。そんなことを訊くお前はどうなんだ、と言おうかとも思ったけど、やめた。先ず、ナルヒコはこのドラマを見ていないではないか。
「勘助の最期って壮絶だったらしいよね」
「……そうなのか」
「ネタバレになるからこれ以上は言わないけど。……あ、僕もう寝るから」
 そう言うとナルヒコは、当たり前のように俺の寝室へと向かった。
「……戦国時代の姫君より、ナルヒコの方が自分勝手で我儘じゃないか」
 苦笑しながら呟くと、部屋の向こうから文句が聞こえたような気がした。


遅くなりましたが7000hitキリリクのDナルです。
具体的な要望が無かったので個人的なDナルの理想系(笑)で。

2007/04/26